ピエール・ブーレーズの音楽 - 作品一覧と感想

ピエール・ブーレーズは20世紀後半を代表するフランスの作曲家・指揮者であり、セリエリズムから電子音響まで、戦後の現代音楽の展開そのものを体現するような存在です。この記事では、そんなブーレーズの略歴を振り返ったうえで、初期・中期・後期に分けて主要な作品を取り上げ、それぞれについて聴いた感想や印象をまとめていきます。

略歴

ピエール・ブーレーズ(Pierre Boulez, 1925-2016)はフランス出身の作曲家・指揮者です。パリ音楽院でオリヴィエ・メシアンに作曲を学び、さらにルネ・レイボヴィッツから十二音技法の手ほどきを受けました。

1950年代前半には十二音技法をリズムや音価にまで拡張した「トータル・セリエリズム(音列主義)」を提唱し、《ストリュクチュール第1巻》などでその理論を実践しました。一方で《主なき槌》以降は厳格な音列操作から離れ、より自由で色彩的な書法へと展開していきます。

1954年には新作の演奏を目的とした演奏会シリーズ「ドメーヌ・ミュジカル」を創設し、同時代音楽の紹介者としても活動しました。1970年代以降は指揮者としても国際的に活躍し、BBC交響楽団やニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督を歴任します。1977年には現代音楽の研究・制作機関IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)をパリに設立し、初代所長を務めました。1976年にはIRCAM専属のアンサンブル・アンテルコンタンポランを組織し、多くの新作の初演を手がけています。

作曲家としては、電子音響処理をリアルタイムで施す作品(《レポン》など)にも取り組み、生成的な作曲技法と最新のテクノロジーを結びつけた点でも重要な足跡を残しました。

初期

12のノタシオン(Notations) - 1945

ピアノのための12の小品からなる曲集です。各曲はきっちり12小節で書かれており、音高だけでなく音価や強弱にも規則性を持ち込もうとする、十二音技法的な発想の萌芽がすでに見て取れます。後年、このうち数曲が「管弦楽のためのノタシオン」として大規模に編曲・拡大されることになります。

ピアノソナタ第1番 - 1946

2楽章構成のピアノソナタです。師メシアンの語法の影響を残しつつも、リズムの複雑化と音組織のセリー的な扱いへの志向がすでに強く現れており、ブーレーズが自身の作風を確立していく過程を示す作品です。

婚礼の顔(Le Visage nuptial) - 1946-89(改訂)

詩人ルネ・シャールの詩に基づく、ソプラノ・アルト独唱と管弦楽(合唱を伴う版もある)のための作品です。当初は室内編成で書かれましたが、その後何度も改訂を重ね、最終的に大管弦楽のための版として完成しました。

水の太陽(Le Soleil des eaux) - 1948-65(改訂)

同じくルネ・シャールの詩によるソプラノと管弦楽(合唱を伴う版もある)のための作品です。もとはラジオ番組のための劇伴音楽として書かれたものを、独立した演奏会用作品として何度も練り直しました。

ピアノソナタ第2番 - 1948

4楽章からなる大規模なピアノソナタです。古典的なソナタ形式を踏まえながらも、それを内側から解体していくような激しい書法が特徴で、初期ブーレーズを代表する作品のひとつとされています。

ストリュクチュール第1巻(Structures I) - 1952

2台のピアノのための作品です。音高だけでなく音価・強弱・アタックの種類にまで音列による支配を徹底した「トータル・セリエリズム」の実践例として、20世紀音楽史上しばしば言及される実験的な作品です。

中期

主なき槌(Le Marteau sans maître) - 1955

ルネ・シャールの詩によるアルト独唱と、アルトフルート・ヴィオラ・ギター・ヴィブラフォンを含む打楽器群など6つの器楽のための作品です。セリー的な書法を保ちながらも、はるかに色彩的で官能的な響きへと踏み出した、ブーレーズの名を国際的に知らしめた出世作です。

ピアノソナタ第3番 - 1955-63

複数ある楽章(フォルマン)の一部を演奏者が任意の順序で選び組み合わせられる「開かれた形式」を採用した作品です。全体は未完のままで、これまでに一部の楽章のみが出版・演奏されています。

プリ・スロン・プリ(Pli selon pli) - 1957-62

ステファヌ・マラルメの詩に基づく、ソプラノと大管弦楽のための5楽章の大作です。「襞に襞を重ねて」という副題の通り、マラルメの詩に潜むイメージの幾重もの層を音楽的な質感の変化として描き出しています。

ストリュクチュール第2巻(Structures II) - 1961

2台のピアノのための作品で、「ストリュクチュール第1巻」の続編にあたります。第1巻の徹底したセリー主義に比べ、演奏者の解釈や偶然性の要素がより多く取り入れられています。

エクラ(Éclat) - 1965

ピアノ、ハープ、チェレスタ、マンドリン、ギターなどを含む9人の奏者のための室内アンサンブル作品です。金属的で減衰の速い響きを重ねる音色設計が特徴で、後に管弦楽を加えた拡大版「エクラ/ミュルティプル」へと発展しました。

ドメーヌ(Domaines) - 1968

クラリネット独奏(後にクラリネットと6つの器楽グループのための版も作られた)のための作品です。奏者自身が演奏する断片の順序を選択できる可動性の要素が組み込まれています。

後期

ブルーノ・マデルナの追憶に(Rituel in memoriam Bruno Maderna) - 1975

早逝した友人でもある指揮者ブルーノ・マデルナを追悼して書かれた大管弦楽のための作品です。複数の器楽グループが指揮者なしで、あるいは打楽器の合図で交互に演奏を重ねていく、儀式的・反復的な性格を持っています。

管弦楽のためのノタシオン(Notations I-IV) - 1978-

初期のピアノ曲「12のノタシオン」のうちの数曲を、大管弦楽のために大幅に拡大・編曲したものです。もとはわずか12小節だった断片から、色彩豊かで交響的な規模の音楽が展開されます。

レポン(Répons) - 1981-

大アンサンブル、6人の独奏楽器群、そしてIRCAMで開発されたライブエレクトロニクスを組み合わせた大作です。演奏者を客席の周囲に配置し、生の音とリアルタイムで加工・拡散される電子音響とが空間の中で交錯します。

デリーヴ1(Dérive 1) - 1984

フルート、クラリネット、ピアノ、ヴィブラフォン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの7人からなる室内アンサンブルのための小品です。指揮者ウィリアム・グロックの還暦を祝って書かれた、比較的簡潔な作品です。

デリーヴ2(Dérive 2) - 1988-2006

「デリーヴ1」と同編成の室内アンサンブルのための作品ですが、長大かつはるかに複雑なリズム構造を持っています。当初は短い作品として書かれたのち、長い年月をかけて大規模に拡張・改訂されました。

シュール・インシーズ(sur Incises) - 1996-98

3台のピアノ、3台のハープ、3人の打楽器奏者(ヴィブラフォン・マリンバ・鍵盤打楽器)という対称的な編成による作品です。もとはピアノ独奏曲「アンシーズ」を出発点として拡張されたもので、グラヴマイヤー賞を受賞した後期の代表作です。

アンテーム2(Anthèmes 2) - 1997

ヴァイオリン独奏とライブエレクトロニクスのための作品です。無伴奏の独奏曲「アンテーム1」を土台に、IRCAMのシステムによるリアルタイムの音響処理・空間化を加えて拡張しました。