日本の伝統音楽には、雅楽・声明・箏曲/地歌・三味線音楽・民謡・沖縄音楽など、時代もジャンルも異なる音楽が数多く存在します。それぞれの音楽は多くの場合5音を基本とする独自の音階(旋法)を持っており、それらは互いに無関係ではなく、歴史の中でいくつかの理論的な枠組みによって整理されてきました。この記事では、雅楽由来の呂旋・律旋、明治期の上原六四郎による陽旋・陰旋の分類、20世紀の小泉文夫によるテトラコルド理論、そして江戸初期に八橋検校が確立した都節音階という、日本の旋法理論の流れをまとめます。
雅楽における旋法 - 呂旋と律旋
十二律 - 音の基準
雅楽の音律は、中国由来の三分損益法(五度を積み重ねて音を算出する方法)にもとづいて定められた、1オクターブ12個の基準音「十二律」から成り立っています。西洋の十二平均律と厳密には一致しませんが、対応関係はおおよそ次の通りです。
- 壱越(いちこつ) - D
- 断金(たんぎん) - D♯
- 平調(ひょうじょう) - E
- 勝絶(しょうぜつ) - F
- 下無(しもむ) - F♯
- 双調(そうじょう) - G
- 鳧鐘(ふしょう) - G♯
- 黄鐘(おうしき) - A
- 鸞鏡(らんけい) - A♯
- 盤渉(ばんしき) - B
- 神仙(しんせん) - C
- 上無(かみむ) - C♯
このうち壱越・平調・双調・黄鐘・盤渉という5つの律名は、そのまま後で述べる「調子」の名前としても使われます。
五声と七声
雅楽の旋法は、中国の音楽理論に由来する「宮・商・角・徴・羽」という5音(五声)を基本とします。これは西洋音楽の移動ド唱法でいう「ド・レ・ミ・ソ・ラ」にあたる5音音階(ペンタトニック・スケール)です。
五声に「変徴」「変宮」の2音を加えると、7音からなる「七声」になります。宮を基準に並べると「宮・商・角・変徴・徴・羽・変宮」の順になり、これは宮から見て第4音(変徴)が半音高い音階――西洋音楽のリディア旋法と同じ音程配列――になっています。
呂旋と律旋
雅楽の旋法は、五声・七声を土台にしながら、宮からどれだけ離れた音を角とするかによって、性格の異なる2つのグループに分かれます。
- 呂旋(りょせんぽう): 宮から角までが長3度(4律上)にあたる旋法。明るく開放的な響きを持ち、西洋音楽のミクソリディア旋法に近い性格を持ちます。
- 律旋(りつせんぽう): 宮から角までが完全4度にあたる旋法。呂旋に比べて陰影のある響きを持ち、西洋音楽のドリア旋法に近い性格を持ちます。
呂旋は中国から伝わった音階の性格を色濃く残す一方、律旋は日本で独自に発達したとする説が有力です。呂旋を「陽」、律旋を「陰」と呼び分けることもあります。
六調子
実際に雅楽の管絃で使われる旋法は、主音の高さと呂旋・律旋の別によって「六調子」と呼ばれる6種類に整理されています。
- 壱越調(いちこつちょう): 主音D(壱越)、呂旋
- 双調(そうじょう): 主音G(双調)、呂旋
- 太食調(たいしきちょう): 主音E(平調)、呂旋
- 平調(ひょうじょう): 主音E(平調)、律旋
- 黄鐘調(おうしきちょう): 主音A(黄鐘)、律旋
- 盤渉調(ばんしきちょう): 主音B(盤渉)、律旋
興味深いのは、平調と太食調がどちらも同じ「平調(E)」を主音としながら、呂旋・律旋の違いによってまったく異なる調子として区別されている点です。調子の違いは主音の高さだけでなく、どちらの旋法に属するかによっても生まれることが分かります。
越天楽に見る調子の実際
雅楽の代表曲「越天楽」は、六調子のうち盤渉調・黄鐘調・平調という3つの調子の演奏で知られています。原曲は盤渉調で、他の2つは16世紀頃に作られた「渡物(わたしもの)」と呼ばれる移調版です。3つとも律旋のグループに属しており、移調にあたっても旋法の性格――律旋特有の陰影のある響き――は保たれています。中でも平調の越天楽はもっとも広く知られており、歌謡曲『黒田節』の旋律の元になったことでも有名です。
上原六四郎の陽旋・陰旋
雅楽が主に宮中や社寺で伝えられてきたのに対し、江戸時代以降に庶民のあいだで発展した箏曲・地歌・三味線音楽・民謡などは「俗楽」と呼ばれ、雅楽とは別の音組織で理論化されてきました。
物理学者であり尺八奏者でもあった上原六四郎(1848-1913)は、著書『俗楽旋律考』(1895年)の中で、俗楽の音階を次の2種類に分類しました。
- 陽旋(ようせん): 半音を含まない5音音階。地方の民謡的な音楽(田舎節)に多く見られる。
- 陰旋(いんせん): 半音を含む5音音階。都市の音楽(都節)に多く見られる。
上原はこの分類にもとづき、雅楽の律旋にあたる音階を陽旋の一種(田舎節)として位置づけました。半音の有無という単純明快な基準で俗楽の音階を整理した上原の理論は、その後長く音楽教科書でも使われる基礎的な枠組みとなりました。
小泉文夫のテトラコルド理論
民族音楽学者の小泉文夫(1927-1983)は、著書『日本伝統音楽の研究』(1958年)で、上原の2分類をさらに精緻化し、日本の5音音階を4種類の「テトラコルド」から説明する理論を打ち立てました。
テトラコルドとは、完全4度離れた2つの「核音(安定して旋律を引きつける音)」に挟まれた4音の枠組みのことです。核音と核音のあいだには「浮動音」と呼ばれる1音があり、この浮動音が下の核音からどれだけ離れているかによって、テトラコルドは4種類に分かれます。5音音階は、このテトラコルドを2つ、全音を挟んで積み重ねることで作られます。
- 民謡のテトラコルド: 浮動音が核音から短3度。例 - レ・ファ・ソ(民謡音階: レ・ファ・ソ・ラ・ド)
- 律のテトラコルド: 浮動音が核音から長2度。例 - レ・ミ・ソ(律音階: レ・ミ・ソ・ラ・シ)
- 都節のテトラコルド: 浮動音が核音から短2度。例 - レ・ミ♭・ソ(都節音階: レ・ミ♭・ソ・ラ・シ♭)
- 琉球のテトラコルド: 浮動音が核音から長3度。例 - レ・ファ♯・ソ(琉球音階: レ・ファ♯・ソ・ラ・ド♯)
このうち律音階は雅楽の律旋・声明の音組織に通じるもの、都節音階は次章で述べる箏曲・地歌・三味線音楽に、民謡音階はわらべうたや民謡に、琉球音階は沖縄・奄美の音楽に、それぞれ対応しています。上原の「陽旋」は主に民謡音階と律音階を、「陰旋」は都節音階を指していたことになり、小泉の理論は上原の枠組みをより解像度高く捉え直したものと言えます。
八橋検校と都節音階
都節音階を日本音楽の中心に押し上げたのは、近世箏曲の開祖とされる八橋検校(1614-1685)でした。幼少期に失明した八橋検校は、雅楽の流れを汲む筑紫箏を学んだのち、それまで雅楽的な律音階にもとづいていた箏の調弦法を、半音を含む都節音階にもとづく新しい調弦「平調子」へと改めます。
この改革によって箏は、宮廷音楽の枠組みから離れ、より陰影に富んだ表現を持つ庶民的な独奏楽器として独立していきました。八橋検校の代表作『六段の調』はこの平調子による箏曲の古典として広く知られており、以後の箏曲・地歌、さらには三味線音楽においても都節音階は中心的な旋法となっていきます。
年代の流れとしては、まず八橋検校が実践の中で都節音階を確立し(17世紀)、次に上原六四郎がそれを「陰旋」として理論化し(1895年)、最後に小泉文夫がテトラコルド理論の中でより精緻に位置づけた(1958年)、という順序になります。実践が先にあり、後から理論家がそれぞれの時代の視点で名前と体系を与えてきたのが、日本の旋法理論の歴史だと言えるでしょう。
まとめ
雅楽の呂旋・律旋、上原六四郎の陽旋・陰旋、小泉文夫の4つのテトラコルド、そして八橋検校が確立した都節音階は、いずれも別々の時代・別々の音楽ジャンルから生まれた枠組みですが、根底では互いに響き合っています。宮中の雅楽から出発した律旋の響きが、都節音階という半音を含む新しい響きと出会い、江戸期の箏曲・三味線音楽を通じて庶民の音楽文化に広がっていった過程は、日本の音階の歴史そのものと言えます。