主体と世界との関わりにおける3つのモード

主体、人間としての主体、私としての主体が世界と関わる際に、3つのモードが考えられます。 即ち、「問えないことを問おうとする」モード、「公理の上での知」、「知以外の方法で世界にアクセスする」モードの3つです。 これらのモードはそれぞれ連続しているため、あくまで便宜上の分別に過ぎないのですが、我々が世界と関わる上での限界と代替案――1つ目のモードが限界に、3つ目のモードが代替案に相当する――を考える上で――この考えるということが2つ目のモードに相当する――有意義だと信じています。

この記事では、まず「問えないことを問おうとする」という第一のモードを、アリストテレスにおける第一原理の論証不可能性、ウィトゲンシュタインにおける語りえぬものをめぐる議論、西田幾多郎における場所そのものを問うことの不可能性という3つの角度から検討します。次に「公理の上での知」という第二のモードを、アリストテレスが築いた論証の体系と、これをドゥルーズが「思考のドグマ的イメージ」としてどう相対化したかという観点から見たうえで、最後に「知以外の方法で世界にアクセスする」という第三のモードを、西田の純粋経験、ウィトゲンシュタインが「示される」と呼んだもの、ドゥルーズが論じる出会いと学ぶことという3つの局面から検討し、これら3つのモードがどのように連続し、互いに移行しあっているのかを最後に概観します。

第一のモード - 問えないことを問おうとする

第一のモードとは、世界と関わるための足場そのものを、その足場の上に立ったまま問い直そうとする身振りのことです。私たちが何かを問うとき、その問いはすでに、問うことを可能にしている何らかの枠組み――言語であれ、論理であれ、経験の構造であれ――を前提しています。ところが人間はしばしば、この前提そのものを、前提を用いながら問おうとしてしまいます。この矛盾した企ての姿を、アリストテレス、ウィトゲンシュタイン、西田幾多郎という3人の哲学者のテクストのうちに見ることができます。

アリストテレス - 論証されえない第一原理

アリストテレスは『形而上学』Γ巻において、矛盾律を「もっとも確実な原理」と位置づけながら、これを通常の論証によって証明することはできないと論じました。矛盾律を他の何かから導き出そうとすれば、その論証自体がすでに矛盾律を前提としている以上、循環に陥るか無限に遡行するほかありません。第一原理の根拠を問うということは、まさに、根拠づけそのものを可能にしている足場を、その足場の上に立ったまま問おうとする企てであり、アリストテレスが通常の論証(アポデイクシス)の代わりに、論敵自身の言論と行為を手がかりとする論駁(エレンコス)という迂回路を選ばざるをえなかったのは、この種の問いが通常の意味では答えを持ちえないことの証しだと言えるでしょう。

ウィトゲンシュタイン - 「謎は存在しない」

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889-1951)は『論理哲学論考』(1921年)において、言語が世界について有意味に語りうる限界そのものを画定しようとしました。彼は、語りえない答えに対しては、その問いそのものもまた語ることができず、それゆえおよそ問いが立てられうるならば、それには必ず答えることもできるのであって、真の意味で解けない「謎」というものは存在しない、と論じます(6.5)。そして書物全体は、有名な最後の命題、「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」(7)で閉じられます。ウィトゲンシュタインにとって、問おうとすることそのものが不可能であるような対象は、答えが隠されているのではなく、そもそも問いとして成立していないのであり、この意味で第一のモードとは、成立しえない問いをあたかも成立する問いであるかのように語ろうとしてしまう、言語の限界における誘惑にほかなりません。

西田幾多郎 - 場所の場所を問うこと

西田幾多郎は1920年代後半以降、「場所」という独自の概念を展開しました。あらゆる存在者は何らかの「場所」に於いて存在するというのが西田の基本的な発想ですが、この発想を徹底すると、ある場所もまたそれ自身、さらに大きな場所に於いて存在するのではないか、という問いが際限なく繰り返されてしまいます。西田はこの無限背進を止めるために、いかなる場所にも於いてあることのない窮極の場所、すなわちそれ自体は何ものによっても限定されない「絶対無の場所」を要請しますが、この窮極の場所についてさらに「それはどこに於いてあるのか」と問うことは、まさにアリストテレスが第一原理について、ウィトゲンシュタインが語りうることの限界について直面したのと同じ構造の、答えを持ちえない問いだと言えます。

第二のモード - 公理の上での知

第一のモードが世界と関わる上での限界の経験だとすれば、第二のモードは、その限界の手前で、すでに与えられている公理を疑わずに受け入れたうえで、そこから理路を積み重ねていく、私たちにとってもっとも馴染み深い「考える」という営みそのものです。

アリストテレス - 第一原理の上に築かれる論証の体系

アリストテレスにとって、矛盾律のような第一原理そのものは論証の対象ではなく、むしろあらゆる論証がその妥当性を保証するために依拠する、いわば出発点でした。個別諸学が、それぞれの領域に固有の公理を無反省に前提しながら定理を積み重ねていくように、学一般は、みずからの根拠を問い直すことなく、その根拠の上に体系を築いていくことによってはじめて成り立ちます。この、公理を公理として引き受けたうえで思考を進めていく身振りこそが、第二のモードの原型です。

ドゥルーズ - 思考のドグマ的イメージという公理系

ジル・ドゥルーズは『差異と反復』(1968年)において、アリストテレス的な論証の体系そのものが暗黙のうちに前提している、より根深い公理系を問題にします。ドゥルーズによれば、西洋哲学は伝統的に、誰もが生まれつき真理を求める「良き意志」を持ち、諸能力が調和的に働くことで対象を正しく「再認」できるという、一組の暗黙の前提――ドゥルーズが「思考のドグマ的イメージ」と呼ぶもの――のうえに立ってきました。この意味で、アリストテレスが第一哲学の公理として矛盾律を据えたことも、ドゥルーズから見れば、思考が同一性を通じてしか対象と関わりえないと決めてかかる、より広い公理系の一つの現れにほかなりません。しかしドゥルーズ自身がこの公理系を問い直すのは、それを別の公理に置き換えるためではなく、公理そのものに依拠しない思考のあり方、すなわち第三のモードへの通路を開くためでした。

第三のモード - 知以外の方法で世界にアクセスする

第三のモードとは、概念によって対象を「知る」というかたちを取らずに、世界そのものに直接触れようとする経験のあり方です。これは第一のモードのように問いという形式そのものを持たない点で、むしろ第二のモードの手前、あるいはその外側に位置づけられます。

西田幾多郎 - 主客未分の純粋経験

西田幾多郎は『善の研究』(1911年)の冒頭で、「経験するというのは事実其の儘に知るの意である。全く自己の細工を棄てて、事実に従うて知るのである」と述べ、主観が客観を対象として認識するという図式に先立つ、主客未分の直接経験を「純粋経験」と呼びました。音楽に心を奪われて聞き入っているとき、そこには「聞いている私」と「聞かれている音」という区別すら存在しません。この純粋経験は、対象について何ごとかを概念的に「知る」ことではなく、むしろあらゆる知に先立って世界そのものに触れている、知以外の仕方での世界へのアクセスだと言えます。

ウィトゲンシュタイン - 語りえぬものは示される

ウィトゲンシュタインもまた、『論理哲学論考』の終盤で、語りうることの限界の外に、それでもなお存在するものについて触れています。「語りえぬものは、たしかに存在する。それは示される。それは神秘である」(6.522)。倫理や美、人生の意味といった事柄は、有意味な命題によって語る(sagen)ことはできませんが、それにもかかわらず、世界のうちに生きるという経験そのものを通じて示される(zeigen)、とウィトゲンシュタインは考えました。命題によって世界について語ることが第二のモードに相当するのだとすれば、語られることなくただ示されるものに触れるこの経験は、知以外の方法で世界にアクセスする第三のモードの、もう一つの範例だと言えるでしょう。

ドゥルーズ - 出会いと学ぶこと

ドゥルーズは『差異と反復』第3章「思考のイメージ」において、対象をあらかじめ持っている諸概念のもとに「再認」することとは異なる、思考のもう一つのあり方として「出会い(rencontre)」を提示します。再認の対象がすでに知られたものの確認に過ぎないのに対し、出会われるものは、それがまだいかなる概念のもとにも回収されていないがゆえに、ただ感じられることしかできない何か(ドゥルーズの言う「センシエンドゥム」)であり、感性にとって耐えがたいこの何かとの遭遇が、はじめて思考することそのものを強制する、とドゥルーズは論じます。ドゥルーズが好んで挙げる「泳ぎを学ぶ」という例、すなわち、泳ぎ方についての知識をあらかじめ持つこと(サヴォワール)と、水という異質な要素のなかで実際に身体を投げ出し、そのつどの信号(シーニュ)に応じて自分の動きを組み替えていくこと(アプランティサージュ、学ぶこと)との違いは、公理の上に知を積み重ねていく第二のモードと、知に先立って世界そのものと出会うことを通じて世界にアクセスする第三のモードとの違いを、そのまま体現していると言えるでしょう。

3つのモードの連続性

ここまで見てきた4人の哲学者たちのテクストを並べてみると、3つのモードが実際には截然と分かれたものではなく、互いに連続し、移行しあっていることが分かります。アリストテレスが矛盾律を論証しようとして突き当たる限界(第一のモード)は、裏を返せば、矛盾律を公理として受け入れたうえでその上に論証の体系を築くという営み(第二のモード)を可能にする条件そのものです。そしてドゥルーズが、この論証の体系そのものが依拠する「思考のドグマ的イメージ」を相対化しようとするとき、彼が向かうのは、公理に依拠しない出会いの経験(第三のモード)にほかなりません。同様にウィトゲンシュタインにおいても、語りうることの限界を確定しようとする企て(第一のモード)と、その限界の内側で命題によって世界を記述する論理学(第二のモード)、そして限界の外側でただ示されるものに触れる経験(第三のモード)とは、一冊の書物のうちで分かちがたく結びついています。西田幾多郎が場所の場所を問うことの不可能性(第一のモード)に行き着くのもまた、純粋経験という、知に先立つ世界へのアクセス(第三のモード)を出発点として、そこにどこまで反省的な概念の言葉を届かせられるかを問い続けた結果でした。3つのモードを分けて論じることは、あくまで便宜上の整理に過ぎず、実際にはこれらは互いに他へと絶えず移行しあう、一つの連続した運動の3つの相なのだと言えるでしょう。

結論

主体が世界と関わるあり方は、「問えないことを問おうとする」限界の経験、「公理の上での知」という体系的な思考、そして「知以外の方法で世界にアクセスする」という知に先立つ経験という、3つのモードに分けて考えることができます。アリストテレスにおいては、矛盾律という論証されえない第一原理の周りに、この3つのモードの原型――論証不可能性への直面、公理の上に築かれる論証の体系、そして論駁という迂回路――がすでに凝縮されたかたちで現れていました。ウィトゲンシュタインは、語りうることの限界を確定することを通じて、この3つのモードを言語の哲学として整理し直し、西田幾多郎は純粋経験という、知に先立つ世界へのアクセスを出発点に据えることで第三のモードに独自の厚みを与え、ドゥルーズは思考のドグマ的イメージを相対化することを通じて、第二のモードから第三のモードへの通路を開きました。これら4人の哲学者のテクストを並べて読むことは、3つのモードが単なる分類の道具立てではなく、私たちが世界と関わるたびに絶えず行き来している、一つの連続した運動であることを示していると言えるでしょう。


参考文献