人間は世界との関わりにおいて知ることを特権的地位に置きますが、知ることの形式により原理的に知ることができないことがあることが知られています。
この記事では、数学基礎論におけるゲーデルの不完全性定理とチューリングの停止問題、これらをアルゴリズム的情報理論として再定式化したチャイティンのΩ数という、論理学・計算機科学における自己言及的な決定不能性を確認したうえで、物理学における不確定性原理と事象の地平線、そして哲学における他我問題とカントの物自体という、一見すると分野も性格も異なる七つの「原理的に知り得ないこと」を順に検討し、最後にこれらすべてに通底する構造として、知ろうとする営みそれ自体がその対象のうちに、あるいはその対象と不可分なかたちで組み込まれてしまっているという「自己言及」の構造を取り出します。
ゲーデルの不完全性定理 - 証明できないが真である文
ヒルベルト・プログラムと形式体系への還元
20世紀初頭、ラッセルのパラドックス(1901年)に代表される集合論の矛盾が明るみに出たことを受け、数学全体を一つの無矛盾な公理系のうえに基礎づけ直そうとする機運が高まりました。ダフィット・ヒルベルトが主導したこの「ヒルベルト・プログラム」は、数学の諸命題を厳密に形式化された記号操作の体系へと還元したうえで、その体系が無矛盾であること、さらには体系内のすべての真な命題がその体系のなかで証明可能であること(完全性)を、有限の立場に立った疑いえない手続き(有限的方法)によって証明しようとするものでした。ラッセルとホワイトヘッドの『プリンキピア・マテマティカ』(1910-1913年)は、この構想にとって、数学のかなりの部分を形式的に導出しうることを示した代表的な達成とみなされていました。
ゲーデル数化と対角化 - 「この文は証明できない」
1931年、当時25歳のクルト・ゲーデルは、このヒルベルト・プログラムの根幹を揺るがす論文「『プリンキピア・マテマティカ』およびその関連体系における形式的に決定不能な命題について」を発表します。ゲーデルはまず、論理式や証明列といった統語論的な対象一つひとつに自然数を対応させる「ゲーデル数化」という手法を考案しました。これにより、「ある論理式が体系のなかで証明可能である」という統語論的な性質を、自然数についての一つの算術的な性質へと翻訳することが可能になります。この翻訳を用いると、対角化補題と呼ばれる技法によって、体系の内部に「この文(すなわち私自身)は、この体系のなかで証明できない」ということを主張する文Gを、体系自身の言語だけを使って構成することができます。これは、「この文は偽である」という嘘つきのパラドックスにおける「真である」を「証明可能である」に置き換えたものに相当しますが、パラドックスに陥る代わりに、厳密な定理として扱いうる点が決定的に異なります。
第一不完全性定理と第二不完全性定理
もし体系が無矛盾であれば、この文Gは証明することも反証することもできません。なぜなら、もしGが証明可能だとすれば、Gの内容(「Gは証明できない」)に反して体系は矛盾してしまい、逆にGの否定が証明可能だとすれば、体系は「Gは証明できない」ということを証明しながら実際にはGを証明してしまうという、やはり矛盾に陥るからです。したがって、標準的な自然数のモデルにおいてはGは真でありながら、体系のなかでは証明も反証もできない、という事態が生じます。これが第一不完全性定理であり、自然数論を展開できる程度に強く、かつ公理を機械的に列挙できる無矛盾な形式体系には、必ずこの種の「真だが証明できない文」が存在することを示しています。さらにゲーデルは、体系Sが無矛盾であるということを主張する算術的な文Con(S)自体も、S自身のなかでは(Sが実際に無矛盾であるかぎり)証明できないことを示しました。これが第二不完全性定理であり、ヒルベルトが求めた「体系の外に出ることなく、その体系自身の無矛盾性を有限的方法で証明する」という構想そのものを、根本から不可能にするものでした。
チューリングの停止問題 - 決定不能性という壁
決定問題(Entscheidungsproblem)とチューリング機械
ヒルベルトはさらに1928年、任意の数学的命題が与えられたとき、それが証明可能かどうかを有限の手続きで機械的に判定するアルゴリズムは存在するか、という「決定問題(Entscheidungsproblem)」を提起していました。1936年、アラン・チューリングは論文「計算可能数について、決定問題への応用」のなかで、この問いに否定的に答えるために、今日「チューリング機械」と呼ばれる計算の数学的モデルを導入します。チューリング機械とは、無限に伸びるテープと、そこに記された記号を読み書きしながら内部状態を遷移させる単純な規則の組み合わせにすぎませんが、チューリングはこのモデルが、人間が紙と鉛筆を使って行う機械的な計算のすべてを原理的に再現できると論じ(チャーチ=チューリングのテーゼ)、これによって「計算可能」という直観的な概念に厳密な数学的定義を与えました。
対角線論法による停止問題の証明
チューリングが示したのは、「与えられたプログラムPと入力Iに対して、Pが入力Iを与えられたときに有限時間で停止するかどうかを、あらゆるP・Iについて正しく判定するプログラムHは存在しない」という決定不能性でした。証明の骨子は、そのようなHが存在すると仮定したうえで矛盾を導く背理法にあります。Hを部品として利用し、自分自身のコード(あるいはそれに相当する記述)を入力として与えられたとき、「Hがそのコードは停止すると判定すればあえて無限ループに入り、停止しないと判定すればただちに停止する」という、Hの判定にことごとく逆らうように振る舞うプログラムDを構成します。ここでDにD自身を入力として与えると、Dが停止するとHが判定すればDは無限ループに入って停止せず、Dが停止しないとHが判定すればDはただちに停止してしまい、いずれにしてもHの判定とDの実際の挙動が食い違う、という矛盾が生じます。したがってそのようなHは存在しえない、というのが停止問題の決定不能性の証明です。
不完全性定理との構造的な同型性
この証明の骨格、すなわち「あるものを判定・記述する手続きを、その手続き自身に適用する」という手つきは、ゲオルク・カントールが1891年に非可算集合の存在を示すために用いた対角線論法そのものであり、ゲーデルが不完全性定理の証明で用いた対角化補題とも本質的に同一の構造をしています。実際、チューリングの停止問題とゲーデルの不完全性定理は、互いに独立に発見された定理でありながら、今日では計算可能性理論の枠組みのなかで、「体系Sで証明可能な文の集合を機械的に列挙できるならば、Sの無矛盾性から出発して停止問題を解くプログラムが構成できてしまう」という仕方で、事実上同値な結果として統一的に理解されています。数学的真理の限界(ゲーデル)と機械的計算の限界(チューリング)は、この意味で同じ一つの壁の、異なる側面から見た姿にほかなりません。
チャイティンのΩ数 - ランダム性そのものへの還元
コルモゴロフ複雑性とベリーのパラドックス
1960年代、アンドレイ・コルモゴロフ、レイ・ソロモノフ、グレゴリー・チャイティンがそれぞれ独立に、ある文字列の「複雑さ」を、その文字列を出力する最短のプログラムの長さとして定義する「アルゴリズム的情報理論(コルモゴロフ複雑性)」を提唱しました。この理論の背景には、数学者バートランド・ラッセルが1906年にG・G・ベリーから聞いたとして紹介した「ベリーのパラドックス」があります。「20音節未満では名指すことのできない最小の自然数」という表現は、それ自体が20音節に満たない日本語(英語では該当の文で数えます)で、まさにその数を名指してしまっており、自己矛盾を引き起こします。アルゴリズム的情報理論は、この「名指す」という操作を「あるプログラムがその文字列を出力する」という厳密に計算可能な操作に置き換えることで、ベリーのパラドックスを、パラドックスではなく「計算可能な圧縮には原理的な限界がある」という厳密な定理へと作り直しました。
停止確率Ωの定義とその性質
チャイティンはこの枠組みをさらに一歩進め、「ランダムに(コインを投げるようにして)生成されたプログラムが、ある普遍的なチューリング機械のもとで停止する確率」として、Ω数を定義しました。Ωは0と1のあいだの一つの実数として厳密に定義され、その値は使用する普遍チューリング機械の選び方に依存するものの、確かに一意に定まります。しかしチャイティンは、このΩの二進展開の各桁は計算可能でないこと、すなわちΩを出力するアルゴリズムは存在しないことを示しました。これは、Ωという数それ自体は数学的に定義可能でありながら、その値を求めるための機械的な手続きは原理的に存在しない、という点で、実数概念のうちに「定義可能性」と「計算可能性」のあいだの深い断絶を刻みつけるものです。
Ωが体現する不完全性 - 証明できるのはたかだか有限ビット
Ωの最も重要な性質は、それが停止問題を極限まで圧縮した形で体現している、という点にあります。もしΩの最初のNビットが分かれば、長さN以下のすべてのプログラムについて、それが停止するかどうかを(有限の計算によって)判定することができてしまいます。これは裏を返せば、Ωの各桁を求めることは停止問題を解くことと同じくらい困難である、ということを意味しています。さらにチャイティンは、複雑性がN程度の公理系(体系を記述するために必要なビット数がおよそNである体系)は、Ωの最初のたかだかN+c桁程度(cは体系に依存する定数)しか証明できないことを示しました。これは、ゲーデルの不完全性定理を「証明できるランダム性の量は、証明する側の体系自身が持つ複雑さによって頭打ちになる」という、いわば体系の側の乏しさに直接結びつく形で再定式化したものであり、不完全性が例外的な特殊事例ではなく、ほとんどすべての実数について、たかだか有限個の桁しか正当化できないというありふれた事態であることを示しています。
不確定性原理 - 測定という行為が測定対象に含まれること
ハイゼンベルクの思考実験と非可換な観測量
1927年、ヴェルナー・ハイゼンベルクは、電子の位置を光(ガンマ線)によって観測しようとすると、観測に用いる光子が電子に運動量を与えてしまい、位置を正確に測ろうとすればするほど運動量の測定値が乱れる、という「ガンマ線顕微鏡」の思考実験を提示しました。この説明はしばしば「観測が対象を撹乱する」という直観的な形で紹介されますが、量子力学の形式的な枠組みのなかでは、不確定性原理はむしろ位置と運動量という一対の物理量(共役量)に対応する演算子が互いに非可換である([x, p] = iħ)という、量子状態そのものの数学的構造に由来する、より根源的な性質として理解されています。
「乱す」から「定義できない」へ
1927年にアール・ケナードが、1930年にハワード・ロバートソンがそれぞれ厳密に定式化した不確定性関係(ロバートソン=シュレーディンガーの不等式)は、いかなる量子状態についても、位置の標準偏差Δxと運動量の標準偏差Δpの積がħ/2を下回ることはない、ということを示します。ここで重要なのは、この不等式が特定の測定装置の性能の悪さや、観測にともなう技術的な擾乱を述べているのではなく、いかなる測定手段を用いたとしても、そもそも一つの量子状態のなかに位置と運動量の両方が同時に確定した値として存在することが数学的に許されない、という点です。したがってこの限界は、観測技術が向上すればいずれ克服されるような経験的な限界ではなく、量子力学という理論の形式そのものに内在する、原理的な限界であるとされています。
主体と客体の分離不可能性、という限定つきの類比
この不確定性原理を、ここまで見てきたゲーデルやチューリングの自己言及的な決定不能性と直接同一視することには注意が必要です。位置と運動量の非可換性は、体系が自分自身を記述しようとして生じる論理的な自己言及とは異なる種類の限界だからです。しかし両者のあいだには、ある構造的な類比を見て取ることもできます。量子力学における「測定」とは、測定対象と測定装置とがもはや独立に記述できない一つの量子系として結びつく(量子もつれを生じる)過程であり、測定装置を系の外部に置いた「神の視点」からの観測というものは、この理論の枠組みのなかにはそもそも存在しません。知ろうとする主体(測定装置)が、知られるべき対象と原理的に切り離せない一つの系をなしてしまっている、という点において、不確定性原理は、後述する事象の地平線や他我問題と同じ家族に属する限界として位置づけることができます。
事象の地平線 - 境界を定めているのは観測者自身であること
シュヴァルツシルト半径と脱出不可能な光円錐
1916年、カール・シュヴァルツシルトはアインシュタインの一般相対性理論の場の方程式を、球対称で静的な質量分布のまわりの真空領域について厳密に解き、質量Mの物体が半径2GM/c²(シュヴァルツシルト半径)よりも内側に収縮すると、この半径の球面(事象の地平線)の内側からはいかなる光や情報も外部へと脱出できなくなることを示しました。地平線の内側では、未来方向を向くすべての光円錐が完全にブラックホールの中心へと傾いてしまうため、光速を超えないというこの理論の制約のもとでは、どれほど強力な推進力を持ってしても、地平線の外側にいる観測者へと信号を送り届けることが原理的に不可能になります。
大域的な定義と観測者依存性
事象の地平線という概念にはもう一つ重要な特徴があります。それは、この地平線が「未来の無限遠にいる観測者へと信号がいつか到達しうるかどうか」という、時空全体の未来にわたる大域的な情報によって定義されている、という点です。この定義の性格上、地平線を横切りつつある観測者自身は、その瞬間に自分が地平線の内側に入ったことを局所的な測定によって知ることが原理的にできません。さらに、事象の地平線に類縁する「リンドラー地平線」という概念では、平坦な時空のなかで一定の加速度運動を続ける観測者に対して、その観測者からは永遠に到達できない時空の領域が生じることが知られています。この地平線は、静止した観測者にとっては存在せず、あくまで加速する観測者自身の運動によって、いわば観測者自身が作り出す境界にほかなりません。
内側からは検知できない境界
シュヴァルツシルト地平線とリンドラー地平線に共通するのは、「境界の内と外」という区別そのものが、その境界を観測しようとする主体の位置や運動という、観測する側の条件によって相対的に定まる、という構造です。ある観測者にとっての知りえない領域が、別の観測者にとっては何の変哲もない、たどり着ける領域でありうるという事実は、事象の地平線が、対象の側に客観的に刻まれた特徴であるというよりも、知ろうとする主体自身の立ち位置が、その主体にとっての「知りえなさ」を事後的に切り出している、という側面を持つことを示しています。
他我問題 - 自己という尺度でしか他者を測れないこと
コギトの確実性と独我論の淵
ルネ・デカルトは『方法序説』(1637年)および『省察』(1641年)において、あらゆる事柄を疑いうる限り疑うという方法的懐疑を徹底した末に、「私は考える、ゆえに私は在る(コギト・エルゴ・スム)」という、疑おうとする行為そのものによって確証される、ただ一つ疑いえない確実な足場に到達しました。しかしこの手続きが直接確証するのは、あくまで「私自身が今まさに思考しているという事実」だけであり、この私以外の存在、とりわけ他人の身体の奥に、私自身と同じような意識や感覚が本当に宿っているのかどうかは、この確実性の外側に置き去りにされてしまいます。他者の身体の振る舞いは外側から観察できても、その振る舞いを内側から生きている意識そのものへは、原理的に自分自身の意識のようには近づくことができない、という論点が「他我問題」です。
類推による他我の存在推論とその循環
この困難に対する伝統的な応答が、ジョン・スチュアート・ミルらによって定式化された「類推による論証」です。すなわち、私自身の場合には、ある種の身体的な振る舞い(たとえば熱いものに触れて手を引っ込める)と、それに伴う痛みという意識経験とが結びついていることを直接知っているのだから、同じような身体的振る舞いを示す他人においても、同種の意識経験が生じているはずだ、と類推によって推論するのです。しかしこの論証には、他人が実際に意識を持つことを確証する手段が結局のところ存在せず、あくまで確率的な、しかも検証しようのない推測にとどまる、という弱点が指摘されてきました。この論証を裏づけようとして他人の意識に直接アクセスしようとすればするほど、そのアクセスの手段として使えるのは、結局のところ私自身の一人称的な経験という、たった一つの手がかりしかない、という循環に行き当たります。
一人称的経験に閉じられた検証可能性
他我問題が示しているのは、他者の心を知ろうとする営みそのものが、その唯一の道具立てとして、知ろうとする当人自身の心的経験しか持ち合わせていない、という構造です。私は他者の意識を、私自身の意識という尺度を通してしか思い描くことができず、この尺度の外に出て、他者の意識を他者自身の側から直接検証するという手続きは、そもそもこの問いの立て方のなかに用意されていません。20世紀にはルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが『哲学探究』(1953年、没後刊行)における私的言語論のなかで、そもそも一人称的な内的経験のみを基準にして言葉の意味を確定させるという発想自体を批判し、他我問題という問いの立て方そのものを問い直しましたが、それでもなお、他者の意識という対象を、自己以外の視点から独立に確かめる手立てが存在しない、という非対称性そのものは解消されずに残ります。
物自体 - 認識する主体の形式に条件づけられた世界
コペルニクス的転回 - 対象が認識に従う
イマヌエル・カントは『純粋理性批判』(初版1781年、第二版1787年)において、従来の認識論が暗黙のうちに前提してきた「私たちの認識が、認識される対象のあり方に従う」という図式を反転させ、むしろ「対象の方が、私たちの認識の形式に従う」と考えることで、数学や自然科学がなぜアプリオリに(経験に先立って)確実な認識を持ちうるのかを説明しようとしました。カント自身がこの発想の転換を、地球ではなく太陽を中心に据えることで天体の運動を説明したコペルニクスの転回になぞらえたことから、これは「コペルニクス的転回」と呼ばれています。
感性の形式(時間・空間)と悟性のカテゴリー
カントによれば、私たちが何かを経験として受け取るためには、まずばらばらな感覚与件が、時間・空間という「感性の形式(アプリオリな直観形式)」のなかに位置づけられなければならず、さらにこうして受け取られた直観は、因果性や実体性といった悟性の「カテゴリー(範疇)」によって統一され、はじめて一つのまとまった対象として認識されます。したがって私たちが認識する対象、すなわち「現象(Erscheinung)」は、その最初の段階から、私たち自身の認識する主体としての形式によって、すでに徹底的に条件づけられたものにほかなりません。
物自体は思考されうるが認識されえない
この枠組みからカントが引き出す帰結が、「物自体(Ding an sich)」、すなわち私たちの認識の形式によって条件づけられる以前の、対象それ自体のあり方は、原理的に認識することができない、という主張です。物自体を認識しようとすれば、それを時間・空間のうちに位置づけ、悟性のカテゴリーによって統一するほかありませんが、その操作そのものが、対象をすでに現象へと作り変えてしまうため、この操作を経由せずに「物がそれ自体としてどうあるか」を知ることは、認識する主体の側の条件そのものによって、あらかじめ閉ざされています。カントは物自体を、思考することそのもの(矛盾なく概念として想定すること)は可能だが認識することはできない、限界づけの概念(Grenzbegriff)として位置づけました。私たちの認識には、それ自身の構造そのものに起因する、乗り越えることのできない境界が刻まれている、というのがこの議論の要点です。
共通する構造 - 自己言及の発見
対角線論法という一般形式
ここまで見てきたゲーデルの不完全性定理、チューリングの停止問題、チャイティンのΩ数という三つの定理は、いずれもゲオルク・カントールの対角線論法に由来する、共通の証明の型を共有しています。「あるものを判定・記述・圧縮する手続きXがすべてに対して存在すると仮定し、そのXを、X自身に(あるいはXから作られたものに)適用することで矛盾を引き出す」という、この一般形式は、19世紀末のカントールの非可算性の証明から、20世紀初頭のラッセルのパラドックスやベリーのパラドックス、そしてゲーデル・チューリング・チャイティンの決定不能性定理にいたるまで、形を変えながら繰り返し立ち現れる、自己言及のもっとも純粋な数学的骨格です。
知る主体が知られる対象の内側にあること
不確定性原理・事象の地平線・他我問題・物自体という残る四つの事例は、対角線論法という同じ数学的な型を厳密に共有しているわけではありません。しかし、これらに共通しているのは、知ろうとする主体、あるいはその主体が用いる測定・観測・認識の手続きそのものが、知られるべき対象の外部に立つ中立的な観察者としてではなく、その対象と不可分な一つの系の内側に、最初から組み込まれてしまっている、という構造です。不確定性原理における測定装置は対象と量子もつれを生じる系の一部であり、事象の地平線は観測者自身の位置と運動によって切り出される境界であり、他我問題における唯一の手がかりは知ろうとする当人自身の一人称的経験であり、物自体を覆う限界は、認識しようとする主体自身が備えている認識形式そのものに由来します。いずれの場合も、「対象の外に立って対象の全体を見渡す」という視点そのものが、その構造上、原理的に用意されていないのです。
限界は欠陥ではなく構造である
これら七つの「原理的に知り得ないこと」に共通するもう一つの重要な特徴は、それらがいずれも、知識や技術が将来進歩すればいずれ解消されるような、単なる欠陥や不十分さに由来する限界ではない、という点です。より精密な測定装置を作っても不確定性関係は破れず、より強力な計算機を用いてもチューリングの停止問題は解けるようにはならず、より公理を付け足した体系を作っても、その新しい体系自身がまた同じ構造によって不完全になります。これらの限界は、知ろうとする営みが対象との関係のうちにどのように位置づけられているかという、関係そのものの形式から必然的に帰結する構造的な限界であり、この意味で、自己言及とは、知の欠陥の名ではなく、知が対象と取り結ぶ関係そのものに内在する一つの構造の名なのです。
結論
本稿では、数学基礎論におけるゲーデルの不完全性定理とチューリングの停止問題、これをアルゴリズム的情報理論として再定式化したチャイティンのΩ数、物理学における不確定性原理と事象の地平線、そして哲学における他我問題とカントの物自体という、七つの「原理的に知り得ないこと」を順に検討してきました。前半の三つはカントールの対角線論法に由来する共通の証明の型を厳密に共有しており、後半の四つはそれと同一の論理形式を持つわけではないものの、知ろうとする主体、あるいはその主体が用いる手続きそのものが、知られるべき対象の外部に立つことができず、対象と不可分な一つの系の内側にあらかじめ組み込まれてしまっている、という構造的な家族的類似性を示しています。これらの限界がいずれも、経験的な不十分さではなく、知と対象とが取り結ぶ関係の形式そのものから必然的に導かれる限界である、という点を踏まえるならば、「原理的に知り得ないこと」とは、知性の敗北の記録なのではなく、知るという営みが、みずからその内部に対象を含みこんでしまうことなしには成立しえない、という一つの積極的な構造の発見にほかならない、と言うことができるでしょう。
参考文献
- クルト・ゲーデル著 林晋・八杉満利子訳・解説『不完全性定理』岩波文庫 2006年
- 高橋昌一郎『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』講談社現代新書 1999年
- ダグラス・R・ホフスタッター著 野崎昭弘・はやしはじめ・柳瀬尚紀訳『ゲーデル、エッシャー、バッハ あるいは不思議の環』白揚社 1985年
- 高岡詠子『チューリングの計算理論入門』ブルーバックス(講談社) 2014年
- グレゴリー・チャイティン著 黒川利明訳『メタマス! 数学の限界を証明する』みすず書房 2010年
- ヴェルナー・ハイゼンベルク著 山崎和夫訳『部分と全体』みすず書房 1974年
- キップ・S・ソーン著 林一訳『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』白揚社 1997年
- ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン著 藤本隆志訳『哲学探究』(ウィトゲンシュタイン全集8) 大修館書店 1976年
- イマヌエル・カント著 石川文康訳『純粋理性批判』(上・中・下) ちくま学芸文庫 2012年