西田幾多郎『善の研究』を読む - 純粋経験から善、そして宗教へ

西田幾多郎(1870-1945)が1911年(明治44年)に刊行した『善の研究』は、日本人が著した最初の独創的な哲学書とされ、以後の京都学派の出発点となった書物です。第四高等学校・学習院教授などを経て京都帝国大学に着任する直前の西田が、金沢の第四高等学校時代の講義草稿をもとにまとめたこの書物は、ウィリアム・ジェイムズの「純粋経験」概念を出発点としながら、主観と客観がまだ分かれる以前の直接経験こそが唯一の実在であるという立場を打ち立て、そこから実在論・倫理学・宗教論を一貫した論理で貫こうとする、野心的な体系書でした。

この記事では、『善の研究』という書物の成立事情を確認したうえで、第一編「純粋経験」における主客未分の直接経験という出発点、第二編「実在」における唯一実在としての純粋経験と神の位置づけ、第三編「善」における「人格の実現」としての善の規定、第四編「宗教」における神と人間の合一という到達点を順に読み、最後にこの書物が後の西田哲学(場所の論理、絶対無の自覚)へとどのように展開していったのかを概観します。

『善の研究』という書物

成立の経緯

石川県河北郡(現・かほく市)に生まれた西田幾多郎は、東京帝国大学文科大学哲学科を選科生として卒業したのち、金沢の第四高等学校や山口高等学校で教鞭を執りながら、参禅の経験も重ねつつ独自の哲学的探究を続けました。『善の研究』は、この第四高等学校時代に行った倫理学・心理学の講義草稿を土台として書き改められ、1911年、西田が学習院教授から京都帝国大学文科大学助教授に転じる前後の時期に弘道館から刊行されます。

四編構成という体系

『善の研究』は「純粋経験」「実在」「善」「宗教」という四編から構成されており、成立の順序としては倫理学にあたる第三編「善」がもっとも早くまとめられ、これに理論的な基礎を与えるべく第一編「純粋経験」と第二編「実在」が新たに書き加えられ、最後に第四編「宗教」が結論として置かれたことが知られています。したがって書物としての配列は純粋経験論から宗教論へと理論的に展開していく形を取っていますが、その執筆の実際の順序は、むしろ倫理学的な問題関心が先にあり、そこに存在論的な基礎づけが後から与えられたという経緯を反映しています。

純粋経験 - 主客未分の直接経験(第一編)

「経験するというのは事実其の儘に知る」

『善の研究』はその第一編の冒頭、「経験するというのは事実其の儘に知るの意である。全く自己の細工を棄てて、事実に従うて知るのである。純粋というのは、普通に経験といって居る者も、其実は何らかの意味を含んで居るから、毫も思慮分別を加えない、真に経験其の儘の状態を云うのである」という一文から始まります。私たちは通常、まず主観としての自己が、外部に存在する客観的な対象を認識するという図式で経験を理解していますが、西田はこの主観・客観の分離そのものを、直接経験に反省という思考の作用を後から加えた結果にすぎないと考えました。

主客未分と統一

たとえば美しい音楽に心を奪われて聞き入っているとき、あるいは断崖を攀じる際に無我夢中で身体を動かしているとき、そこには「聞いている私」と「聞かれている音」、あるいは「登る私」と「登られる崖」という区別はまだ生じておらず、ただ一つの経験の事実そのものがあるだけだ、と西田は論じます。この主観・客観がいまだ分かれる以前の、知情意が渾然一体となった直接の経験こそが「純粋経験」であり、西田はこれを単に瞬間的で無秩序な感覚の集積とは見なさず、それ自体のうちに一つの「統一」を含んだ、能動的で発展的な過程として捉えました。この点で西田の純粋経験は、ウィリアム・ジェイムズが『心理学の原理』などで論じた同名の概念を出発点としながらも、フィヒテの自我論やベルクソンの純粋持続論とも響き合う、独自の展開を遂げています。

実在 - 唯一実在としての純粋経験(第二編)

実在の真景

第二編「実在」で西田が取り組むのは、この純粋経験を基礎として、いかなる実在論を構築できるかという問いです。西田は、物質と精神という二種類の実在を並べて立てる従来の二元論も、物質のみ、あるいは精神のみを実在とする唯物論・唯心論も、いずれも純粋経験という直接の事実から出発せず、あらかじめ主観・客観の区別を前提してしまっている点で不十分だと批判します。「実在の真景」とはあくまで主客未分の純粋経験そのものであり、物や心という区別は、この根源的な統一からのちに抽象されて生じる二次的な見方にすぎない、というのが西田の立場でした。

実在は必ず一つの体系をなす

西田は、実在とはばらばらな要素の単なる集合ではなく、「必ず一つの体系をなしたもの」であり、その内部に一つの統一的な力(統一力)が働いていると論じます。個々の経験がそれぞれ発展・分化していく過程そのものが実在のあり方であり、この意味で実在は静止した固定的なものではなく、絶えず自己を展開していく動的な過程として捉えられます。

神という統一者

そしてこの実在全体を貫く統一の力そのものを、西田は「神」と呼びました。西田にとって神とは、実在の外部にあってこれを創造したり支配したりする超越的な人格神ではなく、実在そのものの根底に働く統一者であり、「神とは宇宙の根本である」という表現に示されるように、宇宙・人生そのものの統一的な作用と同一視される、汎神論的な色彩の強い神概念です。この神の観念は、後の第四編「宗教」における神と人間の関係の議論へとそのまま引き継がれていきます。

善 - 人格の実現としての善(第三編)

動機説と結果説

第三編「善」で西田が展開するのは倫理学の議論です。西田はまず、行為の善悪をその結果(もたらされた快楽や利益)によって判定する立場と、行為の動機(意志そのものの純粋さ)によって判定する立場という、倫理学史上の二つの主要な立場を検討し、行為の価値は外的な結果によってではなく、意志という内面的な活動そのものの性質によって定まると考える動機説の側に立ちます。ただし西田の立場は、道徳法則への従順のみを善の根拠に置いたカントの形式主義的な動機説とも異なり、意志の活動そのものが持つ発展的・統一的な性格に善の根拠を求める点で独自のものでした。

「善とは一言にていえば人格の実現である」

こうした検討を経て西田が到達するのが、「善とは一言にていえば人格の実現である。之を内より見れば真摯なる要求の満足、即ち意識統一であり、之を外より見れば個人性の発展完成である」という規定です。ここでの「人格」とは、単なる個人の性格や資質ではなく、第一編・第二編で論じられた実在の統一力が、一人の人間の意志活動として具体的に現れ出たもののことを指しています。善い行為とは、この人格の要求、すなわち自己の内なる実在の統一的な力の要求を、意志の活動によって満たし実現していく行為であり、こうした人格の発展・完成こそが個人にとっての最大の善であると同時に、社会全体の統一・発展と一致するものだ、と西田は論じます。この人格実現説によって、西田の倫理学は個人の内面的な自己実現と、社会性・普遍性とを対立させることなく統一的に説明しようとするものになっています。

宗教 - 神と人間との合一(第四編)

宗教的要求とは何か

最終編である第四編「宗教」で西田が論じるのは、人格の実現としての善を追求していく人生の帰結として現れる、宗教的要求という問題です。西田によれば、宗教的要求とは、自己の生命についての要求のうちでもっとも深く、もっとも大なるものであり、有限で相対的な自己が、その根底にある無限で絶対的なものとの結びつきを求めてやまないところに生じます。知識や道徳がそれぞれの領域で自己の完成を目指すのに対し、宗教はこれらすべてを包み込みながら、自己という存在そのものの根本的な変革(西田の言葉では「自己の変換」)を要求する点で、他のいかなる文化的な営みとも異なる独自の位置を占めています。

神と人間との関係

第二編で論じられた、実在の統一者としての神という観念は、第四編において宗教的体験の対象そのものとして展開されます。西田にとって真の宗教とは、神を自己の外部にある対象として観想したり、神に何かを祈願したりすることにあるのではなく、自己の根底が神という無限の統一力そのものと一つになる、という体験のうちにあります。「神と人間との関係」を論じる箇所で西田が強調するのは、神と人間とは本来断絶した二つの存在ではなく、人間の自己の奥底そのものが神の働きの現れであるという、内在的で一体的な関係です。この主客合一の極致としての宗教的体験の記述には、西田自身が若い頃から続けていた参禅の経験、そして生涯の友人であった鈴木大拙との交流が色濃く反映されているとされます。

人生の終結としての宗教

こうして『善の研究』は、主客未分の純粋経験という出発点から説き起こされた実在論・倫理学の議論を、最終的に神との合一という宗教的体験のうちに収斂させ、これを「人生の終結」として位置づけて閉じられます。知(実在論)・意(倫理学)・そして最も根源的な自己の要求(宗教)という三つの位相が、いずれも同じ一つの純粋経験の統一力の異なる現れ方であるという一貫した構図こそが、この書物全体を貫く論理でした。

『善の研究』からその後の西田哲学へ

『善の研究』における純粋経験の概念は、西田自身によってもその後長くは維持されませんでした。京都帝国大学教授として本格的な研究生活に入った西田は、1917年の『自覚に於ける直観と反省』では、純粋経験を「自覚」という、自己が自己自身を対象として省みる働きの構造から捉え直す方向に進み、さらに1927年の『働くものから見るものへ』以降は、あらゆるものが「其の中に」成立してくる場所そのものを問う「場所の論理」を展開し、最終的には一切の限定を超えた「絶対無の自覚的限定」という独自の哲学用語のもとに、その思索を発展させていきます。この意味で『善の研究』は、西田哲学の完成形というよりも、後年の展開の全体を萌芽的に含んだ出発点であり、また田辺元・九鬼周造・西谷啓治ら「京都学派」と呼ばれる哲学者たちが集った京都帝国大学哲学講座の、思想的な原点でもありました。

結論

『善の研究』において西田幾多郎は、主観と客観がいまだ分かれる以前の直接経験である「純粋経験」を唯一の実在として据え、この統一的な実在の根底に神を見る実在論から、人格の実現としての善を説く倫理学、そして神との合一を説く宗教論へと、一貫した論理を貫こうとしました。西洋近代哲学の主観・客観の二元論的な枠組みを純粋経験概念によって組み替えようとしたこの企ては、ジェイムズの心理学、ドイツ観念論、そして禅の実践的な経験という、出自の異なる知的資源を独自に統合したものであり、日本人による最初の体系的な哲学書として、以後の日本近代哲学全体の出発点となりました。純粋経験という語こそ西田自身によって後に自覚・場所といった概念へと置き換えられていきますが、経験そのものの直接性から出発し、そこに知・意・信という人間の営みの全体を貫く統一的な論理を見出そうとする姿勢は、生涯を通じた西田哲学の一貫した基調をなしています。


参考文献